春の日のこと(前編)

4月30日、23時

この日、壱岐からジェットフォイルに乗って博多港へ戻った声優のガツと同僚の二人は、小一時間並んで入ったモツ鍋店で考えていた。
折角の福岡、折角の中洲。ソープ街に行かずに東京に帰るという選択肢は、二人の共通認識として無かった。
しかし、何の前準備もなくやって来た中洲で良店を選ぶことは難しい。まずはソープ街を歩いてみて気になった店があれば入る、
その作戦に出て店を出たが、時間が時間なため店は概ね閉店準備中だった。


これはそういう運命なのだろう。確かにモツ鍋に加えてビールをしこたま飲んだことで腹は限界に近い。
この状態では楽しむものも楽しめない、身体を休めろ という天の教えであると好意的に解釈した。
歩き回って程よく減った腹に更にビールと長浜ラーメンを押し込み、その日はホテルで爆睡した。ラーメンは美味かった。


5月1日、21時

前日の反省を踏まえた声優のガツと同僚の二人は、食べログで見つけた海鮮居酒屋で考えていた。
申し分のない時間、中洲までの距離もさほど遠くない店、ここから歩いて向かい、案内所に入るか、それとも
インターネットを駆使して自らの手で店を選ぶか。アルコールが入って気が大きくなり判断力に乏しくなっていた声優のガツは、
「旅のマスはカキ捨て」「地産地消」「一期一会」などという自分を納得させるためのフレーズだけを脳裏に浮かべながら、
福岡・中洲は国体道路沿いの案内所に入った。大手無料案内所であればきっと大丈夫、そう信じて。
ちなみに同僚はインターネットを駆使することにしたため、案内所の前で別行動となった。



無料案内所の構造というのはどの場所でもさほど変わりはなく、見せるつもりがあるのか無いのか分からない
店のパネルを壁一面に貼り、適当に灰皿が置かれ、店員はPCの画面で店舗を説明してくる。
当地の相場を把握できていないため、店員氏と話しながら「概ね2万円程度」というのが相場観であると判断、
どうせ写真などは信用できないので適当に店を選び、店員氏の先導のもとで入店した。


さて、久しぶりの店頭パネル指名だ。パネルがどの程度信用できるのか全くわからないが、
「おっぱいが大きい」「サービスが良いと評判」というボウイ氏の言葉を信じてチョイス。その場で2万円を支払い
待合室でたばこを吸う事にした。先客はゼロ。灰皿に煙草が残っている様子もなく、GW中とはえ平日であることが
影響しているのか、それともこの店に何らかの問題があるのか、
そういった事情に気持を巡らせながら待つこと数分で声がかかった。


早い。
これは絶対に他に客が居ない。
不安だけが高まっていく。


薄暗い通路で暖簾をくぐった先で待っていたのは、愛嬌のある顔つきをした同世代と思われる女性だった。
衣類の上から見たところ、強烈な外観はしていない。2万円の価値があるか……?と聞かれると非常に困るが、
何も考えずに入った風俗店だし、まぁ、諦めてなんとかするしかないだろう。
嬢の先導で部屋に入り、挨拶や話もそこそこに衣類を脱ぎ、スケベイスに座って身体を洗われ、バスタブ内で歯を磨く。


完全に余談でしか無いが、バスタブに浸かりながら歯を磨く行為は基本的にソープでしか経験したことがない。


軽い洗体を終え、ベッドへ。
嬢が衣類を脱いだ時点で背中に(さほど大きくはないが)墨が入っていることがわかり、声優のガツのモチベーションは
大きく低下する。さらに、脱いで発覚した比較的潤沢な贅肉によってモチベーションの低下は更に加速する。
低まったモチベーションに加えてアルコールの効果もあり、まったくもってゴールが見えそうにない状態が続く。
さらに、ボウイ氏は「サービスが良い」と発言していたが、この嬢、下手である。痛い。変なところで力が強い。


途中から徐々に心が虚無になり、「何でも良いからもうこれでゴールしておっパブとかセクキャバとか行って
顔がいいオンナとイチャイチャしてからホテルに帰りてぇ」という気持ちが支配的になってくるも、そんなささやかな希望すら
満足できない可能性が高くなってくる。あ、これもうダメだ。そう思ってしまうと身体は正直なもので、完全にダメになった。
安物買いの銭失い……後悔先に立たず……様々な言葉が脳裏をめぐりつつも、
「あ、これネタとしては割と面白い」と思ってしまう自分が嫌になる。


最低限の礼儀として笑顔は絶やさず、「アルコールが悪いのかな」「まぁこういう日もあるよね」などと言いながら
店を後にする。店外で携帯を見ると同僚からは「22時30分過ぎになると思います」との連絡が。
現在時刻は22時15分。同僚氏には申し訳ないが、この行き場のない気持ちを発散させないとホテルには帰れない。



声優のガツ、このとき、人生で初めて風俗店をハシゴする決意を固めた。


(後編へ続く)