春の日のこと(2)

(このお話はフィクションです。実在の団体及び個人とは一切関係ありません。)


突然目の前に差し出された女性の乳房にただ呆然とするしか無かった僕の手を、女性がそっと取って自らの乳房に宛がったあの時、僕は恐らく人としての尊厳を失ってしまったのだと思う。母以外の生まれて初めて触れる乳房が商売女だという事実によって崩れ去った僕のモラルの前に、彼女がそっと囁いた「舐めて」という言葉は強力だった。逆らうことも出来ないまま、僕はそっと愛のない乳首に口を付けた。味は、しなかった。

店内には未だに騒がしい音楽が流れ続け、照明も薄暗いまま明るさを取り戻そうとはしない。サービスタイムはまだ終わらないのだ。僕は、味のしない、愛のない、そんな乳首を淡々と舐め続けた。女性が何か言っていたような気がするが、殆ど憶えていない。とりあえず「仕事が辛い」「よしよし」といった会話を延々しながら乳首を吸い続け、乳房を揉み続けていた。

僕が乳首から口を離すと、跨ったままの彼女は手をそっと僕の股間に押し当ててきた。僕は飾り気のないジーンズを穿いていたが、手が触れているのだと言うことは分かった。女性が自ら衲衣に跨り、上半身を露出し、手で自らの陰部に触れている。言葉にすると刺激的なシチュエーションだが、もはや人間性を失った僕にとって、それは性欲を刺激するものではなかった。不思議なものである。まったく反応しないのだ。非現実性が性的興奮を越えてしまった事により、僕は一時的に不感症のような状態に陥っていたのだと思う。


5分ほど経っただろうか。音楽はやや静かになり、照明が明るさを取り戻してきた時に彼女は衣類を整え再び僕の横に座った。周囲を見渡すと、同じような様子の女性と男性が目につく。そうか、サービスタイムが終わったのか。彼女と言葉を交わすと、どうやら交代の時間らしい。指名料を払うつもりもなかった僕は、彼女とお別れした。数分後、違う女性が現れた。

今度の女性は綺麗系の顔立ちで、スレンダーだった。可愛かったのだと思う。当然のように名前は覚えていない。既に色んな意味で具合の悪くなっていた僕はウーロン茶をすすりながら会話をした。彼女とは、会話が弾んだ覚えが無い。

そして数分後、再び照明は暗くなり音楽が騒がしくなった。2度目のサービスタイムだ。再び狂乱に包まれる店内で、スレンダーな彼女が僕の上に跨り上半身を露出してきた。先ほどの経験を生かして僕はすぐさま乳房に手を寄せ乳首に口を寄せた。そういうものなのだと学習したのだ。やっぱり、乳首は何の味もしなかった。

今度の彼女は小振りな胸で、揉みごたえがあまりなかった。当然だが童貞の男性に何らかのスキルがあるはずもなく、僕はただひたすらに乳首を歯で甘噛みし続けるしかなかった。今度の彼女はその間もひたすら無言で、義務感というか、業務感というか、そういうものがずっと伝わってきた。不毛な、不毛な5分間だった。

音楽が静かになり、照明が再度戻った時、そっと寄ってきたボーイさんが僕に告げた「お時間ですが、如何致しますか?遅れて入店されたお連れ様もいらっしゃるようですが……」僕は間髪入れずに答えた「帰りますんでお会計お願いします」金額は覚えていないが、確か7000円くらいだった。


店の外に出ると、僕の後から一緒に入店した先輩が出てきた。女性と笑顔で挨拶を交わしている。女性が手を振ってお見送りをしている。これが、これが愛のない乳首に慣れた人間なのか。僕は戦慄した。人なつっこい笑顔で女性にも好かれそうな、いや実際に彼女もいるし同性から見てもとても素敵な先輩が、にこやかに愛のない商売女と笑顔を交わしている光景は、おぞましさすらあった。

遅れて入店したもう一人の先輩は、あと20分くらいしたら出てくるらしい。僕らは顔を見合わせた。「もう帰りましょうか」「別に待たなくても良いよね」「全然良いです」当たり前だ。こんな空間に、長居したくない。


帰りの電車の中で何を考えていたのか、覚えていない。
ただ、家に帰ってから成コミを広げてオナニーをした。それだけは覚えている。



愛のない乳首 第1話「春の日のこと」 終