初夏の日のこと(1)

(このお話はフィクションです。実在の団体及び個人とは一切関係ありません。)

ギャンブルなどというのは心の弱い人間がのめり込む低俗かつ下劣な行為であり、唾棄すべきものである。確実に利益が得られるわけでなく、ただただ金を湯水のように溶かして時間を浪費するだけの悍しい行為だ。ギャンブルなどというのは、低俗な人間が行う行為だ。
そして僕は低俗な人間なので競馬が好きだ。馬はいい。馬の勇姿は見ていてとても気持ちがよいし、カッコ良いし、そして可愛い。つぶらな瞳と力強い後ろ脚は人を惹き付けて止まない。もちろんギャンブルとしての楽しさもある。どの馬券を買うのか悩んで、声を上げて応援して、その結果、応援した馬が見事勝利を掴んだ時の喜びの気持ちは格別だ。ただ、力強く走る馬の姿を見ていると、負けたとしても「いいレースだった。このレースで負けたのなら悔いはない」と思えることがある。ただのギャンブルではない何かが競馬にはあると確信している。こんな事に熱弁を振るっている時点で、僕がもうどうしようもないことは察して欲しい。

そんなわけで初夏のある日、僕は競馬観戦のために某地方都市のWINSにいた。いつもは競馬場で観戦することが殆どなのだが、確かこの時は競馬ファンの友人と応援するために双方から距離が近いWINSを選んだのだったと思う。あと、確かこの日は東京は開催日ではなかったのだと思う。まぁ、どうでも良い話だ。
人混みにまみれたWINSでレース観戦をしていたが、残念なことに僕の応援していた馬は負けてしまった。惨敗だった。ぐうの音も出ないほどに潔い負け方だった。一緒に観戦していた友人も負けていた。後から聞いたところ、別の友人が二人、同じWINSで観戦していたらしい。彼らは勝っていた。いくら「いいレースなら負けても悔いはない」などとほざいているとはいえ、負けは負けであり悔しいものは悔しい。僕は友人とラーメンを食してから、やり場のない悔しさを抱えていた。


ここまで書けばもうお判りかと思う。
暗澹たる気持ちに包まれた僕は、今度は自らの意思で愛のない乳首を舐めようと決めたのだ。いや、正確に言えばその前からちらちらとインターネット上で店舗をチェックはしていた。だが、一歩を踏み出す勇気が無かった僕は、ただブックマークに登録しておくだけでそれ以上の行動に移すことはなかった。皮肉にも競馬に負けたことで逆にある種の気運が高まってしまった僕は、もう迷うことなく目を付けていた店舗に向かった。

そのお店は雑居ビルの2階にあった。挙動不審な態度で2階の受付に入り、初めてであること、特に指名はないことを告げた。対応した店員が若かったのか年配だったのか、態度が良かったのか態度が悪かったのか、もはやそれすら覚えていない。店舗はそれなりに繁盛しているようで、1時間後に来て欲しいと整理券を渡された。僕はうなずき、とりあえず駅前のゲームセンターで太鼓の達人をしていた。
余談だが僕は基本的にゲームセンターに行かない人間なので、ちょっと古いシューティングゲーム太鼓の達人しかプレイできない。ただしどちらも下手糞だ。

待つこと1時間、ほぼ時間きっかりに再度お店を訪問した僕は、カーテンで区切られた待合室のようなところに通された。ちなみにお店はピンクサロン(ピンサロ)だったのだが、この手の店は名目上飲食店の一種だかなんだからしく、とりあえずドリンクが出る。確かコーラを飲んだ覚えがある。あと、爪を切っていた。
今でこそ訪問前に家で爪を切ることは常識となっているが、この時点では自分の爪が長いとダメなのだということにすら気がまわっていなかった。あと、僕は幼少期に爪の形が歪だったため、深爪しすぎないようにやや爪を伸ばし気味にしていて、未だにそのクセが残っているので常に爪が少し長い。
そんなこともあって待合室でコーラを飲みながら、コンビニでよく売っている下品なアダルト雑誌数冊の置かれた本棚をぼけーっと見ながら爪を切っていた。

どの位待ったのか、恐らく10分も待っていないと思われるが、店員氏が僕を呼びに来た。付いていった先には、背の低いパーティション(床に座り込んだ時にギリギリ目線が通らない程度の高さ)で区切られた8つほどのブースがある一室だった。全て小上がりのようになっており、中央の通路に対して左右にそれぞれ4つずつの小上がりがある部屋だ。当然、見ようと思えば他のブースが全部見える。僕が入った時点では既に7人の先客がいた。僕は靴を脱いで中に入り、とりあえず座ってコーラを飲み続けていた。店内は薄暗く、ユーロビートのような音楽がずっと流れている。少しうるさい。
するとすぐに女性がやってきた。長めの茶髪にふわっとしたパーマを効かせた若い女性で、わりと可愛かったと思う。正直そんなに覚えていない。その日は何かのイベントがあったらしく、女性はバスローブ姿でやってきたので正直ちょっと驚いた。

ここで再び言っておくが、僕は童貞であり今まで生きてきて彼女がいたことは一度もないキモオタクソ野郎だ。当然、女性と長時間会話するなどという行為には一切慣れていない。ゲスい話しかできないクソ野郎だ。そんな僕がピンサロにいった場合、どうなるのか読者諸氏にも安易に想像できるのではないかと思う。そう、会話が続かないのだ。一応は社会に擬態して生きている人間だから、それなりの世間話はできる。しかし、テレビも見なければ雑誌も読まない、携帯でゲームもしない(当時はしてなかった)そんな人間が最近の若い女性と会話を合わせられるわけがないのだ。もう完全に挙動不審野郎でしかない。
ちなみに女性はサンダルを脱いで上がり込み、バスローブ姿のまま僕の横に座っていた。隣同士で会話をしながら僕は何をどうしたらいいのか頭を働かせようとしていた。うん、嘘だ。何も考えられなかった。

この店舗は1回30分が基本なので、会話に時間をかければかけるほど行為に及ぶための時間が短くなっていく。そんなことにすら気が及んでいない僕にしびれを切らしたのか、それとも何かしらのルールがあったのか、5分ほど気まずい雰囲気を堪能した時点で、女性から性的なアクションが始まったのだった。


(つづく)